テレワーク普及で郊外への転居が増加
会社員などにとって「職住接近」は理想の勤務環境と言われてきました。通勤時間が少なければ自分のために使える時間が多くなりますし、身体的にも楽です。会社にとっても①通勤費の支給額が減る、②「通勤が負担」という理由での退職が減る、③トラブルなどで夜間や休日に従業員を緊急呼集する場合などにすぐに集まれる、などのメリットがあります。会社によっては、特に③の観点から、「会社まで○分以内で駆け付けられる場所に住むこと」と定めたり、会社の近くに住む場合には住宅手当を増額したりして、職住接近を推奨していました。しかし、近年、この職住接近を重視する考え方が薄れてきています。最大の理由は新型コロナウイルス感染症によるリモートワーク・テレワークの急速な普及です。「会社まで片道2時間」は毎日だと大きな負担ですが、出勤が週に1日程度であればそれほど苦にはなりません。また、当然ですが、同じ費用を出すならば都市の中心部から離れるほど広い家に住めます。こうしたことから、テレワーク導入に伴い特に子育て世帯などが良い住環境を求めて都市部から郊外に転居をする動きが強くなっています。関西を例にすれば、コロナ禍以降、京都府南部や滋賀県南部、奈良県北部などの住宅地の人気が高まっているそうです。
ヤフーは飛行機での通勤も可能に
今後はこうした「職住接近にこだわらない働き方」がさらに加速しそうですヤフーは今年4月より、約8000人の社員の居住地制限を撤廃し、国内であれば自由に選択可能とします。これまでの「出社指示があった場合に午前11時までに出社できる場所」に住むとしていた条件を撤廃、これまで不可能だった飛行機や高速バス、在来線特急での通勤も認め、交通費の支給上限も撤廃するそうです。同社では2014年に働く場所を自由に選択できるリモートワーク制度「どこでもオフィス」を創設し、昨年5月には1ヵ月当たりのリモートワーク実施回数制限を撤廃するなど、順次働く場所の自由度を高めてきました。
また、ブルームバーグの報道によれば、NTTもリモートワークを行う社員の居住地制限を撤廃し、地方に住みながら本社勤務を可能にする制度について2022年度の導入に向けて整備を進めることを表明しました。遠隔地から新幹線などで出社をする場合の交通費支給の仕組みをどのようにするかなどは今後検討していく、としています。
地方の人口流出抑止にも期待
大企業のこれらの動きは、単なる「働き方改革の推進」以上の影響を社会に与えることになりそうです。地方在住の学生が東京や大阪の企業に就職しようとしたら、これまでは転居するしかありませんでした。そのことが生産年齢人口の流出による地方の衰退の一因になっていました。しかし、今後は地方に住みながら東京や大阪の会社で働くことが可能となります。若く優秀な人材が地元に残ることは地域の活性化につながるでしょう。また、地方在住者の中には様々な事情で地元を離れられない人もいます。そうした人にとっては就職先の選択肢が増えますし、企業は地方の優れた人材を採用できるチャンスが拡大します。現在働いている社員にとっては、郷里に戻って勤務を続けるという選択肢も生まれます。時短勤務・フレックスタイム制度などをうまく活用すれば、親の介護や家業をしながら会社員生活を継続できますので、離職の防止も期待できます。
大企業の中には地域活性化を目的に、地方に本社を移転する動きもありますが、この場合は人口増などのメリットを受ける地域が限定される上に、「地方には住みたくない」という従業員の反発を受けることもあります。それに対し、ヤフーなどの取り組みは従業員が住む場所を自由に選べるため不平・不満は少なくなりますし、多くの地域がメリットを享受できるという点で、より優れていると言えそうです。
しかし、地方の中でもあまり辺鄙な場所だと、ネット環境が十分でないなどの問題でテレワークに適さない可能性もあります。こうした場合には、近隣の都市にあるシェアオフォスやコワーキングスペースを活用するといった働き方が進むと思われます。